ごみばこ

オチないはなし

人生経験として人生初の占いに行ってきた。

正直占いは好きだけど、赤の他人の言葉をそんなに信じられるほど残念ながら素直ではないし、でも占い師が何を見てどんなことを言うのかにひたすら興味があった結果がこれだった。

友人2人と私の3人でエレベーターも付いていないボロボロのテナントビルに登り辿り着いた先にいたのは、雰囲気や風格のある女性などでなく何処にでもいそうなただのおじいちゃんであった。


姓名判断はそれなりに当たってはいた。しかし恋愛にしろ仕事にしろ、全てに問題を抱えた私に何を言うでもなく26歳くらいで結婚できるだの、仕事運はなくはないから大丈夫だの、当たり障りのないことをひたすらに述べられ、やはりそんなものかといった感じだった。

おそらく、"占い師"はその人の性格や悩みを見て見当外れではない、その人の欲しい言葉を投げかける仕事なのだなと思った。未来なんて見通せるわけはない。見通せているなら占い師なんて仕事はしないであろう。

そしてそれを素直に受け止められる人間だけが行くべき場所なのだと思う。何も頼るすべがない人が占いだよりにする理由もなんとなくわかる。適当でも敷かれた道を行くのは楽だ。

そしてそのおじいちゃんの話を聞いていて、私は達観している占い師のような友人のことをふと思い出していた。

おそらく人よりも観察力洞察力が極めて優れている人は皆占い師の素質があるし、私は占い師よりも私のことを知っている占い師"のような"友人の言葉のほうが素直に信じられる。

私は、自分には占い師は必要のないものだと確信した。

他の友人2人はなんとなくそれっぽい言葉を投げかけられて満足していたようなので何も言わなかった。おそらくそれくらいの言葉なら長年友人の私でも言えると思っていた。自分の性格の悪さに自ら辟易した。

とりあえず、人生経験としては十分ネタに成り得るものだったので満足している。もう二度と行くことはないが。


面接、筆記試験、適性検査、作文提出を受けたあとの最終面接で、飽きっぽく優柔不断であると診断が出ていますが自分ではどう思われますか?と聞かれた。

適性検査を受けたのはおそらく自動車学校以来の2回目であるが、診断の的確さに驚いた。



ニートになってはや5ヶ月。最近ようやく真面目に就活を始めていた。

5ヶ月間何をしていたかといえば、就職訓練学校にも行かず地元と自宅を行き来し、心の赴くまましたいことだけしてきた。したいことだけしてたいし、痛いのはあんまり好きじゃない。

大抵の人は長期休みがあれば旅行や趣味に時間を充てるのかもしれない。しかし、私旅行は好きだが一人旅行は性分じゃないし趣味らしい趣味もない。
今までいろんな趣味を探してきた。編み物もしたしギターも弾いた。アクセサリーをハンドメイドしたり羊毛フェルトやグラスリッツェンまで、最近ではわざわざミシンを買って縫い物もした。ネイルは仕事を辞めた時に大量に購入した。紙粘土や木を彫っていたこともあった。

しかしどれも中途半端に上達したあげく、飽きた。
おそらく忘れっぽい私が思い出せる範囲でこれだけあるのだから、他にも色々あるのだと思う。自分でも呆れる。

これは完全に母からの遺伝であるが、その母は中途半端でなく完璧にこなしてから飽きていた。なのにこの娘ときたらもうどうしようもない。

最終的に面接で聞かれた、飽きっぽいという結果が出ていますが長年続けている趣味などはありますか?との問いに対し、読書です…と無難な答えを投げつけるに至った。この世で一番酷い回答であった。

とりあえず苦労の甲斐あってか、9時5時土日祝日休み(予定は未定)という夢のような職場への採用をブチ決めニート脱出をすることになった。

このニートをしていた5ヶ月間、普段では絶対しないような行動を起こして自ら傷つくようなことばかりしていた気がする。

しかしその行動に私は一切後悔はしていないし、むしろ良い経験だったと思えることばかりだった。多少のしこりが残ることはあるが、それは自らの決断によるものであるし、必要なものであったのだと思う。

どう思うかはわからないが、私は本当に楽しかった。色々と方々に申し訳ないことをしたのは重々承知している。しかし何にしても何一つ嘘はついていない。許して欲しい。とりあえずウジウジと考えている暇もないので前を向きたい。26歳で結婚できるらしい(笑)のでいい加減に次へ進めるよう努力したい。

それなりに目処は立った。あとは自分次第だ。占い師でなく、自分で道を作っていけるように進みたい。