なんだか突然新しい恋愛でも始めるかーという気になってとりあえず前にやっていた出会い系アプリを再開させてみた。

とくにそこに理由なんてなくて、強いて言うなら冬のせいだったのだ。凍えそうな季節に僕は愛をどうこう言う。

若干詐欺のような、まともな男の人が引っかかりそうでいてかつ個性のアピール出来るようなプロフィールを作成する。ああいうのってなんだか罠を仕掛けるのに似ている。

自分の好きなものを並べていくのでなく、こういうのが好きな男の人が良いな〜と思いながら並べていくのがコツで、こういったアプリなんて顔と趣味しか見る場所がないのだからそこさえなんとかしていればそれっぽく罠が発動するのだ。

ところで僕は自分のことをわりとありがちな趣味の人間だと思っていたのだが、まあ趣味が合う人間がいない。

発動させた罠を駆使して色んな人と話してみるがどいつもこいつもつまらなくなってしまって、ちょっと昔のことを思い出した。

その出会い系アプリを使っていたのはもはや2年弱前で、当時Twitterのある界隈でハチャメチャに流行っていて、その流れに乗ったものだった。

当時家には元彼がまだ暮らしていて、どうにもヤキモキしていて何か新しい恋愛でも始まらないかなと、そんな軽い気持ち。

そんな中で唯一会った男の子がいた。

当時は気づかなかったが、珍しくやたらと趣味が合う子だった。何度か逢瀬を交わしていたが、おそらく私の元彼への態度が煮え切らないことに腹を立てたのだろう、会えなくなってしまった(色々あったその後の私の態度も良くなかったのであろう)。
いま思えば勿体無いことをしたなあと思う。

たった数ヶ月だったが彼から影響を受けたことが沢山あって、未だに私の中に根付いてるものがいくつかある。それらに触れるたびに古傷を抉るような気持ちになる。当時おそらく彼を酷く傷つけただろうな、といまさら思う。

彼と初めて飲んだお酒がひと夏の恋というお酒だったのは運命だっただろうか。

日本酒のパケ買いしようぜ!とかいう楽しい遊びをした際に私が選んだお酒だった。本当に夏のあっという間の出来事だった。

以前未練たらしく久しぶりに連絡をとった彼はすでに新しく彼女ができていて、楽しそうな暮らしぶりであった。

たまに1人で歩いていると彼の言葉を思い出す。

おれは結婚できる側の人間だ、と言っていた。その通りであろう。彼はクセがあるもののとても面白い良い子だった。

わたしはどうだろう。結婚できる側の人間だろうか。

正直もうダメだろうな、と思う。一切妥協ができなくて、自分で自分の首を締め続けている。あれ、こんなこと前にも書いた気がするな?


こうして出会い系アプリを頻用すればするほど、彼に友人としてでもいいからもう一度会えたら、と思うのは疚しい考えだろうか。

そろそろ今年もクリスマスがやってくる。
クリスマスをひとりで過ごすのはもしかすると初めてかもしれない。そしてもう二度と誰かと過ごすことはないのかもしれない。

いやはや、自業自得だなあ。

自殺した親戚の四十九日だった。

ある3連休、なんの予定もなくモツを煮込むだけの簡単な魔法で幸せになっていると法要出ない?みたいな、飲みに行かない?みたいな、軽い口調で誘われ、煮込んだモツと共に帰省への道路についた。


私が学生だった頃に、わりとクレイジーな、死にそうにもないと言われていた祖父がなぜかポックリと亡くなってから、皆追うようにポックリポックリ死んでいった(多分みんな連れてかれたのだと思う)。

そのせいで学生のわりに葬式慣れをしていた。白玉団子を作るのが異様に上手かった。白玉に上手いもクソもないって話なら聞かない。

つまり、成人してからとくにめぼしい弔問もなかった。

帰省即AOKIで、母とこっちのほうがかわいい〜♡とかなんとか話しつつ、喪服がかわいいってなんだろうと思いながらもそこにある中で一番かわいいであろう喪服を購入した。
3万円弱した。ちょっと厚手のコートが買えてしまうなあと思ったが言わなかった。

久しぶりに一堂に会した親戚は記憶の最後にあるものより頭数が減っていて、結婚したてのいとこの旦那が増えていた。

正直全然知らん自殺したおっさんの葬式に参列させられるのは地獄でしかないんじゃなかろうかと思ったし、言ったけど、当人たちは数少ない親戚に良い印象をと幸せそうにキビキビ働いていたのでまあWINWINかしら、とそっとした。

そんなこともありそろそろ世代交代だね、なんて話になってただただひたすら肩身が狭い。

彼氏と別れたことをめんどくさがり話していないがために、もうしばらく話してすらいない人間の話をされ(ex.もう付き合い長いんだから結婚じゃないー?)(やめろとっくに終わった恋愛の話をするな)ウフフーどうかなーとかいう不毛な会話を繰り広げ、ひたすら、死にたくなった。(ここでいう死にたくなった、とは便宜上の死にたくなった、だけども)

なんだかまともな人では面白みが無くて満足できない身体にされてしまっていて、ああもう結婚とか無理かもしれないなという気になる。

音楽好きにまともな奴はいないし、映画好きにもまともな奴はいないし、本をたくさん読む奴にもまともな奴はいない。私調べ。

なんだか結婚したいけど、したくないなあ。

一人で幸せになれないからって他人を巻き込んで不幸になるの、なんとも救いようがない

私と関わらなければ不幸にならずに済んだ人が増えてくのを横目で見ながらはやく解放してあげなければ、と思いながら一人で不幸になるのが怖い

結果は一人でも同じなのに誰か一緒に地獄まで堕ちてほしい

いつまでも他力本願で、一生誰かに救われたい
誰かだけのわたしで居たい

誰かの物にさえなってしまえばどうにかなる気がしている、自分の気が触れていることぐらいわかっているつもりでいる

やっとヘラっていたメンが落ち着いたと思っていたのにまたこれだ、起因がわからないから対処のしようもない

はやく死にたい、全てから解放されたい

親戚が自殺した

少し羨ましくて同時に少しだけ怖かった

自分が自殺したらこうやって処理されていくのかと現実味のない現実をみて思った

第一発見者が酷く落ち込んでいた、死に顔を見るのが怖かった、残された家族の後悔を目の当たりにした

彼が死ぬと困ることがたくさんあった、でもそんなことさえ考えられないまでに追い詰められて結果、これだ

わたしもどうしようもなく追い詰められれば何も考えずに死ねるのかもしれない

それは怖くてとても温かい救済だ

死が唯一の救済だと何年も思いながら生きている

それがはたして本当に救済なのかわからないのに


死んだあと、もし後悔できるのなら死にたくない

それだけでもう少し生きられる気がする

好きでもない男を彼氏にするなどしてみた。

1ヶ月ほど前の話だ。彼は元彼との共通の友人であった。如何に元彼が普通でない人間かも知っていたし、私と元彼がどんな付き合い方をしてきたかも知っていた。

彼は彼でまた悲惨な恋愛をちょうど終え傷心ナウといったところで、お互いのわけのわからない傷を舐め合うような形での付き合い始めだった。

最近持っていてイライラするものをすぐに捨ててしまう癖がついた。

そのおかげで感じるストレスは半分以下になったが、大切な人間関係も半分以下になった。

好かれたいと思うから苦しいのであって、最初からどうでもいい存在にしてしまえれば楽なことに気がついた矢先の結果だった。

本当に自分のことを好きであろう人以外をバサバサ切り落としていったら半分以下だ。自分が如何に矮小な人間かを思い知る良い機会だったのかもしれない。

とにかく、ストレスのない良い日々だ。
その他はどうであれ。

好きでもない男を彼氏にした弊害はたくさんあった。

趣味が合うわけでも、容姿が好きなわけでもない、慰め合いのような生活だからただただ楽しくない。

好きであれば許せそうなことも、許せない。

でも1人でいるよりはストレスが少ないから、それだけの理由でひたすら惰性で生きている。

いつの間にこんなことになったのかな、と思った。

真面目な恋愛ってなんだったかな。

とりあえず一途であればいいかと思って彼氏のような人だけを見ているけれど、一向に不真面目でしかない。

初めて喧嘩をした。一瞬で別れ話を切り出した自分に驚いた。


なんだ、答えは出ていたんじゃないか。

別れ話をし、私の家に忘れ物があるかもしれないという彼に、私は直帰せずこのまま出かけるから鍵だけ玄関に置いておいて、と鍵を渡し、告げた。

帰宅しリビングに手紙が残してあった。読まずに食べた。返事もしない。黒ヤギさん以下の人間だ。


そのまま幾度と未練たらしく鳴るLINEをブロックし放置すると、手首に傷の増えた彼が家に特攻してきた。

私はまた、今回も変な男を捕まえたらしい。

結局(精神的に)死にそうになっている彼にご飯を食べさせ(ローストビーフ丼だった)、慰めているうちにまた絆されて、最初からになった。同じことをひたすら繰り返している。

今回は何年無駄にするのか、今から誰か私と賭けよう。

如何にストレスが減らせるか、と暮らしているのに、自らストレスを増やすことに尽力している気がしている。確信はしたくない。

とりあえず今が幸せであることで、未来はそれからだ。
今に全力で贖いたい。

ここ数日間、寝不足感に苛まれ遂に先日金曜日缶ビール1本でリビングに倒れた。

寒さで目が覚めたのは4時で、もそもそと布団に戻るも悪夢を見続けた。何度も何度も部屋に別の人間だとか、動物がいる夢を見た。身体を起こして見てみても向こうの部屋には何かが居てドキドキしながらも眠さに耐えられず何度も意識を失っては起きてを繰り返した。恐らく久しぶりに金縛りに遭っていたのだと思う。なんとなく眠る直前に低い耳鳴りがしていて、そうなる気もしていた。

最後に金縛りに遭ったのはもう何年も前の話で、生物学か何かのテストへ一夜漬けで挑んだときの布団の中でだった。

エナジードリンク、と呼ばれる部類の飲み物が苦手だ。初めて飲んだのは前の職場で10連勤の真っ只中におばさんが買ってきたものだった。飲んでしばらく動悸が治らなくて変な汗をかきながら仕事をこなしていた。こっちも、こうなるのはなんとなく予想していた。から今まで飲まずにいた。

一夜漬けのときは基本的にカフェオレとオロナミンCだった。それ以上のものを飲むと眠れなくなったし、量を摂り過ぎてもまた眠れなくなった。それに加えて金縛りにも頻繁に遭った。

金縛りの仕組みは身体は眠っているのに脳が起きているという簡単なものなのだけれど遭っている最中は恐怖感が強い。何故なのかわからない、自分の思い通りに身体が動かないからかもしれない。

まあ、とにかく久しぶりに金縛りに遭ったのだった。カフェインを摂っていないにも関わらず。


最近酷い睡眠不足に悩まされている。

お酒を飲むと眠れるのだけど、眠りが断然浅くなる。結果結局は身体が休まらず睡眠不足と同じ症状に襲われることになる。無意味極まりない。

解決策が甚だ分からない。どうしたら眠れるのかが分からない。睡眠不足のまま身体を動かすのが辛い。休日は1日中眠ってしまう。この前はご飯も摂らず寝ていたせいで低血糖になり動けなくなった。

はやく、楽になりたい。

ずっと隣と下の部屋が空室だったのだが、春になってどちらにも人が入居した。隣は耳の悪いおばあちゃんなのか、大音量のコブシの効いた音楽がうるさいし、下はカップルが夜中まで何やら音楽を聴いていてうるさい。私が神経質なだけかもしれないが。

夕方頃にやられるのならまあイライラはするが許せるのだけど、夜中はただでさえ眠れないから本当に胃が痛くなる。基本的にストレス耐性がないのだ。

こういうとき、私はQueenのI Was Born To Love YouだったりDon't Stop Me Nowを大音量で流すと決めているのだが、先日お母さんにその話をしたところ、お父さんもマンション住まいだったときおんなじことをしていたよ…と言われ同じ血が流れていることを痛感した。

はやく、引っ越したい。


なんだか辛い話しかしてないな。
こういう時って大抵辛いと思うから辛いんだ。狂ったようにちょっとしたことで幸せだなあと唱えているとだんだん幸せなのだと勘違いしてくる。というわけで好みのパンケーキなぞ作ってはみたものの、味は良けれどあまりの見た目にちょっと落ち込んだし、洗い物が増えてさらに落ち込んで頭の悪い結果となった。もう少し考えて行動しようね。

最近、やっと独り暮らしを始めた。

元カレが出ていって寂しくなるのが不安だったのだがなんのことなく、むしろ部屋は広くなるし自分のペースで生活できるし部屋は綺麗なままだし、なんととても暮らしやすかった。ただの杞憂だった。

眠るときだけを除いては。

私は基本的に誰かと同じ布団で眠ることができない。
寝付くことすら困難だし、お酒をたらふく飲んで無理やり気を失っても早朝には目覚める。そのまま眠れない。

しかし元カレは5年近くの慣れもあってかよく眠れた。暖かさ、というのはとても大事だ。慣れというのは怖くて、布団が冷たいことに驚いてよく眠れなかった。自分で自分が悲しくなった。

私はもうきっとしばらく暖かい布団で眠ることはないのだ。

それはとてつもなく現実的であって、かつ冷酷な現実だった。誰かと一緒に眠れない人間が求める条件としてはとても辛いものだった。

また一から全て始める気力が1ミリも起きやしない。

帰る場所、安心する場所。

恋人のことを家と例えた。帰る場所ができた、という慣いは言い得て妙だと腑に落ちた。

帰る家を失ったときに、どんなに不安になるかということは重々承知していた。でもそうでもしないといけないほど何かが枯渇していた。顔を合わせるたび胃はキリキリ痛んだし、喧嘩ばかりだった。

帰りたくない場所にしたのは私だけだったのか。

お酒を飲んだ帰り道、やけに寂しくなってLINEの履歴を上から順に電話をかけまくった。誰ひとり出やしなくて何人か目でやめた。ふて寝をして、深酒のせいか明朝に目を醒ましたら色んな人からの不在着信があってなんだか安心した。酔っ払ってましたごめんなさい。と送りつけお酒のせいにするの、どうかなあと思いつつも水分を摂り布団に入り直したものの眠れなくて今に至る。自分がやけに煙草くさい。GW始めの深夜なんて各々誰かと一緒にいるんだろうなあ、と考えてまた寂しくなった。今年も、GWの予定がない。

朝日が救うのは夜を越えた人だけ。

やたらと心に刺さる一節を見つけて、大変よいなあと大事にしたくなった。

最近やっと心が落ち着いて、生活を取り戻した。

何をするにもやたらと心が騒めいて音楽も聴けない本も読めない、そんな日々が最近ずっと続いていた。

根がメンヘラなために心を揺さぶられるのがあまり得意ではない。情緒不安定な人間だから人との関係はうまく構築できない。

星野源のそれでも生活は続くを読んだ。

小説は辛いけど、コラムならと思ってなんとなく手を伸ばしただけだった。そこにあるのは私とおんなじ人間の生活だった。星野源って私とおんなじだった。そういえばSAKEROCK良かったよなあ、結局一回も生で拝めなかったよなあなんて思った。勿体無いことしたな。

色々あって自分の会社に昔のアルバイト先の後輩を入れることになった。とりあえず履歴書を送って、あと小論と筆記もと言い、却ってきたそれらがやたらに酷くて上司が苦笑していた。書き直しね、と言われた。私もなんだか悲しかった。こいつのこと何も知らなかった、まさかこんな馬鹿がこの世にいるとは。私の周りの人間ってみんな頭良かったんだなあ。

帰宅早々電話をかけて説教をして、自分が説教向きの人間じゃないことを知った。うまく人を怒るのって難しい。性格が悪いからか言葉の端々に棘が出る。自分にがっかりしながら深夜4時まで再修正に付き合った。まさか人に文章の書き方を教えることになるとは思わなかった。彼という人間がどんな人間だったか、やっと初めて知った。グダグタ全く関係ない話をしながら自分のこともなんとなく知らされた。頭良くても悪くても私の周りこんな人間ばっかり集まってくる。誰ひとり幸せになれないオールスターズかよ。


今年も、もはや夏フェスのアーティストが発表されていく。

OVERGROUND〜もくるのにBRAHMANくるんだとか、サカナクションも観れるの最高かよとか、今年はJOINかなとか考えて肝心な誰と行くかを忘れていた。さすがの僕でも一人フェスは厳しい。世の中は孤独な人間に冷たいなあ。

明るい地獄の話。

明るい地獄、というパワーワード。いつかどこかで耳にした。

私は無条件で自分を愛してくれるひとをずっと探していた。

嫌われる要素が人より多い私にとって、何をしても好きでいてくれるひとが1人でもいたらどんなに救われるだろうと何度も考えていた。

元カレが家を出て行くことになった。

ここ数ヶ月色々あって揉めに揉めた挙句、もう2人で生きていくと腹を括った矢先であった。

私は別れてからずっとこのままではいけない、色んな経験を積まねばなるまいと、右往左往していた。それと同時に住み着く元カレに早く出ていくよう耳にタコができるほど言っていた。

右往左往していたことは元カレには敢えて言わなかった。言ったところで面倒なことになるのが目に見えていたからだ。

まあ、案の定詰めの甘い私によって彼も知るところになるわけなのだけど。


それからというもの、私が男女問わず誰かに会うため外出するたび、また男か、なんで俺がいるのに他の男と会うんだ、と、思った通りの面倒なことになった。

そのうち、いちいち言われることが面倒くさくなり、外出するのをやめた。

もう一生この人が人生につきまとってくるのだ、と思った。なんなら、私が他の男と寝ていても私を一途に想っているこの人のそれはむしろ狂気じみた純愛ではないか、とすら思った。

私の探していた無条件で自分を愛してくれるひとはこんなひとだったか、と思った。

そこからはもう全てを諦め、彼との生活を如何に行うかだけ考えた。


これは、明るい地獄だ。


そんな矢先の話であった。
はたして地獄に留まり続けることになったのは一体誰だろうか。


ふと、寂しくなって人に会いたくなる。

寂しさの敵は暇にあって、次点で疲れにある。

大抵会いたくなる人は決まってて、ひたすら2人でお酒を飲んでひたすら2人で変な理屈こねくり回していられる人が良い。

なぜだかわたしの友人はまともな人たちばかりで、難ある性格の捻じ曲がった人間が片手で数えるほどしかいない。おそらく素直に育つとこうはならないのであろう。私も一般家庭でヌクヌクと育てられたはずなのになんだこの差は。

私は酔うとひたすら自分がゴミクズのような人間であって、それでなお周りの人間もクズばっかだと熱のある弁を奮いたくなるクズ人間なのであまりまともな人と1on1で飲むとドン引きされ今後の関係に響いてくるのでしたくない。と、私と同じような友人に以前熱弁した。わかる、とのことだった。

別に嫌いではない、むしろ好きな友人であっても私はどこか冷静に分析して挙句こいつはこういうタイプのクズだ、とジャンル分けしてしまう。もう性分だから許してほしい。それを理解できない人とはお話できない。疲れるから。相手も私も。

人間考えすぎると吐くんだよ、知ってた?私は知らなかった。
もう生きるために繋いでた関係性が煩わしくて仕方なくて、なんでこの人私のこと嫌いなくせにわざわざ大丈夫?って声をかけるんだろうなって思ってた。
生きるための関係性が如何に大事かわかってるから、嫌いでも建前上声をかけなきゃならないんだね。
何を考えてるのかわからない人の思考を見せ続けられるのは辛い。わかる人とだけ暮らしていきたいね。
好きな人に好きって伝えたいし、嫌いな人に嫌いって伝えたいね。
毎日人と喧嘩したいね。わかりあいたいね。
こんなことばっか言ってるから嫌われるんだろうね。

などと鬱々考えてたらパン生地に塩仕込むの忘れかけた。

一時期、愛してほしい、が口癖になっていた。

右往左往して色んな人と色んな経験を積んでいる時期のことだった。

どんなに色んな人と会ってもどんなに色んなことをしても根本的な飢えのようなものが満たされなかった。

おそらくそれはもう二度と充足たり得るものではなく、今後一生付き合っていかなければならないタイプの飢えだということに気づいたのはここ最近だ。

人に心置き無く甘える、ということが上手くできない。

ワガママを言えば嫌われる気がするし、容赦無く甘えればブスのくせにと引かれる気がするのであった。

そこを今まで上手く埋めていたのは恋人という名称の人間だったし、彼と別れてからは見ないふりをし続けてパンパンに膨らんだ自己認識欲求が破裂しかけている状態が飢えの原因であるように思えた。

セックスなしで会えない関係の人間に求めても埋まらない、飢餓。

今後この先私はどうやって誰に自己認識欲求をぶつけたら良いのであろうか、未知数すぎて考えたくもない。

SNSをやめたから心の風邪をひかなくなったんじゃなくて、考えるのをやめたから心の風邪をひかなくなったのであって、地獄であることには一切変わりなかった。