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幸せに生きることができない。

幸せの形は色々あれど、ここでいう幸せは恋愛的な意味での幸せであるのだけれど。

この人と付き合ったらきっと楽しいだろうな、とか、すごく大切にしてくれるだろうな、といった人からの告白は有難い。でも反面自分にそんな人と付き合う資格はないとも思っている。

自分がろくでもないのは自分が一番知っている。そんな私がために1人の素敵な人間の人生を棒にふらせるわけにはいかないと思っている。

私は自分を何者だと思い込んでいるのだろう。

最近、初めて会うひとに可愛い面白いと言われることがある。
私自身自分のことを下の中くらいのブスだと確信しているし、特別話が面白いほうだとも思っていない(知らない人間となんか当たり障りのない会話しかしたくないし、なんなら自分のことなんてなるべく話したくないからだ)。

この人たちは私のどこを見てるのだろうと思う。相手の本質を見抜けない人なのだとガッカリしてしまう。

本当に、私は自分を何者だと思い込んでいるのだろう。

自分のなかのドロドロした面まで見抜いてくれる人間を恋愛的な意味でもそうでなくても好きになりがちだ。しかし、そういう本質を見抜く能力のある人はそれなりに私と同じようなひねた考えを持っていることが少なくない気がしている。

おそらくそういったひねた人間は前述したような、自分が誰かと幸せになるなんて、といった考えが根底にあるような気もしている。

自分と同じ思考をしているのがわかるから、恋愛的に好きだからといって告白をしても何一つ実らないのがわかりきっている。わかりきっているから告白なんて不毛なことをして今の関係も維持できなくなるなら何もしないほうがまだ良い。
完全に負の連鎖が起きている。答えのないエンドレスエイトだ。

僕たちには傷つかずに幸せになる方法なんてどこにもない。

理解してもらおうとなんてしたくない。これ以上醜く足掻きたくない。傷つきたくない人間はいつだっていつまでだってか細いプライドでカッコつけでいるのだ。



おそらく、何も考えずに可愛い面白いと言ってくれる人間と何も考えずに一緒になるのが幸せなのだ。だがそんな幸せが必要なんだろうか。明言はしたくない、反語で表現すれば明確だ。